大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9899号 判決 1976年3月26日

原告 山口道男

同 山口豊子

右両名訴訟代理人弁護士 梓沢和幸

<ほか五〇名>

被告 東京都江戸川区

右代表者区長 中里喜一

右指定代理人 山下一雄

<ほか三名>

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、金五九四万五五一〇円およびこれに対する昭和四七年三月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し、金九四二万六八三八円およびこれに対する昭和四七年三月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告ら夫婦の長男山口毅(昭和四一年三月一八日生)は、昭和四七年三月二一日午後四時三〇分ころ、被告が管理していた東京都江戸川区東小岩一丁目三二番一二号に存する下川排水場(以下「本件排水場」という。)構内の排水溝(以下「本件排水溝」という。)に転落して死亡した。

2  山口毅の本件排水溝への転落死亡事故(以下「本件事故」という。)は、次のとおり被告の本件排水場に対する管理の瑕疵に基づくものである。

(一) 本件排水場は江戸川区の住宅密集地帯に位置し、その東側にいわゆる江戸川土手が隣接しているが、右江戸川土手は子供らにとってかっこうの遊び場となっており、本件排水場の付近に居住する子供らが江戸川土手に遊びに行こうとすれば、本件排水場の北側に接する道路を通って往復する位置関係にあった。

(二) 本件排水場は、別紙図面のとおり東西二四・〇八メートル、南北一一・四一メートルの敷地上に存在し、その主要な施設は排水場建物、倉庫およびL字型の本件排水溝であるが、構内の右排水溝から前記北側道路に通ずる部分には花壇があり、排水場建物に通ずる部分は三枚のコンクリート板で覆われてはいたが、その中央部分はゴミの取上口として幅約一・八メートル、長さ約三・二メートルにわたって口を開いており、この開口部分は本件事故当時は無蓋であって、その深さは三メートル、本件事故当時の水深は一・九メートルであった。

したがって、右開口部分に子供が転落すれば、到底自力で脱出することができない状況であった。

(三) しかも、右開口部分は、前記花壇と常時七〇ないし八〇センチメートルにも積み上げられていたゴミの山によって見透しのきかない状況であったため、北側道路を通る子供がその存在を認識することは困難な状態にあり、さらに右開口部分に浮かんでいるゴミによって水面がよく見えないため、子供がその危険性を認識することも困難な状態にあった。

(四) 被告は、本件排水場敷地の前記北側道路と接する部分に、数本の支柱に四枚の横板を一定の間隔に打ちつけた高さ約一・一メートルの板塀(以下「本件板塀」という。)を設置してはいたものの、右板塀はその構造自体からしても、子供が足をかけて上ることが容易であるばかりでなく、その支柱は既に朽廃して、根元が固定されていなかったため、板塀全体が前後に約九〇度ぐらつく状態になっており、本件排水溝の開口部分から北側約二・六メートルの位置にある裏門の扉には錠はなく、開放されていることが多く、扉が閉められているときでさえ、子供でも容易にほどいて外しうる程度の太さの針金で門柱と扉とを縛って留めるという簡単な装置によっていた。

また、右裏門から東方約二メートルの位置には、本件排水場から江戸川に排水するための土管が設置されているが、右土管は、直径約五〇センチメートル、高さ約八四センチメートルであって、子供でもこの上に乗り、本件板塀をこえて本件排水場内に入ることは容易である。

(五) 被告は、本件排水場の東側と西側の部分には、有刺鉄線を主とした簡単な囲いを設けていたが、東南隅部分には、四〇ないし五〇センチメートルの間隙があった。

(六) 本件排水場の構内には前記のように危険な本件排水溝があったのであるから、被告は、本件排水場敷地の周囲に子供が容易に立入ることができないような塀を完備するか、本件排水溝の開口部分に蓋をかけ、または、その周囲に転落防止のための柵を設置する等の安全対策を講ずべきであったにもかかわらず、何ら子供の転落事故防止のための措置をとらず、右の危険をそのまま放置した。

(七) なお、被告は、本件事故後、本件排水溝の開口部分をコンクリート板二枚、鉄板および木の板によって完全に覆い、本件板塀については支柱と横板を補強したうえ、その上部に有刺鉄線を張り、前記土管上部の板塀は約六〇センチメートルその高さを増し、裏門の扉には錠を取り付け、東南隅の間隙も塞ぐという安全対策を講じた。

3  本件事故に基づく損害は次のとおりである。

(一) 毅は、死亡当時満六才の健康な男子であり、昭和四七年簡易生命表によれば、その余命は六五・七九年であるから、本件事故に遭遇しなければ、満二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間は稼働可能であり、右期間を通じ、少なくとも人事院給与局編「昭和四九年職種別民間給与実態調査の結果」による全産業男子労働者平均の現金給与額年額一一五万一四二四円に相当する収入を得ることができるものというべきであり、右収入を得るために控除すべき生活費を右全期間を通じて五割とすると、年間純益は五七万五七一二円となり、中間利息の控除につきホフマン式年別複式計算法(係数二五・八〇五六―一〇・四〇九四=一五・三九六二)を使用して死亡時における逸失利益を算定すると、八八五万三六七七円(円未満切捨て)となる。

そして、原告らは、毅の父母としてこれを二分の一ずつ相続した。

(二) 原告らは、毅の死亡により、父母として精神的苦痛を受けたが、以下に述べる事情により、これを金銭に見積ると各五〇〇万円が相当である。

即ち、被告は、地域住民の利益を擁護し、福祉の増進をはかるべき地方公共団体であって、資力が大であり、前記2で述べたように、本件排水場の管理の瑕疵は重大であるにもかかわらず、本件事故後、原告らに対し何ら遺憾の意を表わすことなく、冷酷な態度を示した。

4  よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法二条に基づき、それぞれ損害賠償として九四二万六八三八円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四七年三月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  1は認める。

2(一)  2の冒頭の主張は争う。

(二)  同(一)のうち、本件排水場の東側に江戸川土手が隣接していることおよび本件排水場が江戸川土手に至る道路沿いにあることは認め、その余の事実は否認する。

(三)  同(二)は認める。

(四)  同(三)は否認する。

本件排水溝の開口部分から取り上げられたゴミは、本件板塀と右開口部分との間に積み上げられていたが、三日に一度は本件排水場から搬出されており、積み上げられた高さが二〇センチメートルを超えることはなかったので、右開口部分の存在は子供でも容易に認識しうる状態にあり、また、右開口部分に浮かんでいるゴミは、一日三回、被告の職員が取り上げていたので、その水面が見えない状態にはなかった。

(五)  同(四)のうち、被告が原告主張のような板塀を設置していたこと、右板塀の原告主張の位置に裏門があり、右裏門には錠がなく、門柱と扉とを針金で縛って留めていたこと、原告主張の大きさの土管が原告主張の位置にあることはいずれも認め、その余の事実は否認する。

本件板塀は、地中に根元が埋められた支柱によって固定され、裏門は、本件排水溝の開口部分から取り上げたゴミを搬出する際にあける以外は、常時、直径四ミリメートルの針金によって内側から止められており、子供が容易に本件排水場内に立ち入ることができる状態にはなかった。

(六)  同(五)のうち、被告が、本件排水場の東側と西側の部分を有刺鉄線で囲んでいたことは認め、その余の事実は否認する。

(七)  同(六)のうち、被告が、本件事故当時、本件排水溝の開口部分に蓋をかけていなかったことおよびその周囲に柵を設置していなかったことは認め、その余の事実は否認する。

被告は、本件排水場内に子供が立ち入ることのないようにその周囲を有刺鉄線および本件板塀で囲い、また、子供が本件板塀に寄りかかったり、上ったりしても、本件排水溝に転落することのないように、本件排水溝の北側道路寄り部分に、約二・九メートルにわたって花壇を設置して万一の事態に備えていたのであるから、本件排水場の管理に瑕疵はなかった。

(八)  同(七)のうち、本件板塀の支柱を補強したことは否認し、その余の事実は認める。

3(一)  3(一)のうち、中間利息の控除の方式および毅に発生した逸失利益の額は争い、その余は認める。

毅は、死亡時満六才の幼児であるから、同人の逸失利益の算定にあたり、中間利息の控除はライプニッツ式によるべきである。

(二)  同(二)は争う。

三  抗弁

仮に、被告の本件排水場の管理について瑕疵があったとしても、本件事故の発生については、毅および原告らに以下に述べる過失があったので、損害賠償額の算定にあたり、斟酌されるべきである。

1  毅は、本件事故当時満六才で小学校入学の直前であったから、塀で区画された他人の敷地である本件排水場の構内に無断で立ち入ってはならないことおよび本件排水溝の開口部付近に近づけば、転落する危険を招くことを認識し、これに従って行動しうる能力を備えていたものであり、同人が右の注意を怠って本件排水場内に立ち入り、右開口部付近で遊んでいたことも、本件事故発生の一因となっている。

2  毅の両親である原告らは、毅が不慮の事故に遭遇しないよう十分に監視すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、本件事故発生前数時間にわたり同人を放置したのであるから、これも本件事故発生の一因となっている。

四  抗弁に対する認否

1  過失相殺の主張は争う。

なお、被告は地方公共団体であって、憲法および法令上、児童の健康および福祉の増進のための諸施策を実行すべき義務があり、そのための費用を強制力をもって調達しうる地位にあり、前記一2に述べたように、本件排水場の管理の瑕疵は極めて重大なものであるから、被告が過失相殺の主張をすることは許されない。

2  1のうち、毅が本件事故当時満六才で、小学校入学直前であったことは認め、その余の事実は否認する。

3  2のうち、原告らが、本件事故発生前数時間にわたり、毅を放置していたことは否認し、その余の事実は認める。

原告らは、本件事故発生の約四〇分前まで、毅の行動を明確に把握していた。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故が被告の本件排水場の管理の瑕疵に基づいて発生したものか否かについて判断する。

1  本件排水場の東側に江戸川土手が隣接していることおよび本件排水場が江戸川土手に至る道路沿いにあることは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、本件排水場の周囲には空地、畑等が散在してはいるものの、都営住宅、民間アパート等の人家も多く、付近に居住する子供らの遊び場としては、本件排水場の南方約一〇〇メートル、西北方約三〇〇メートルの各位置には、児童遊園地があったが、右江戸川土手もまた子供らの遊び場となっており、本件排水場の北側に接する道路はその往復の通路となっていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  請求の原因2(二)の事実は、当事者間に争いがない。

3  ≪証拠省略≫によると、本件事故当時、裏門と本件排水溝の開口部分との間に、高さ約三〇センチメートルのゴミの山が積み上げられていたことは認められるが、請求の原因2(三)のその余の原告主張の事実は、本件全証拠によるも認めることができない。

4  被告が、本件排水場の北側部分に原告の構造の本件板塀を設置していたこと、右板塀には原告主張の位置に裏門があったこと、右裏門の扉には錠は取り付けられておらず、針金で門柱と扉とを縛って留めていたこと、原告主張の位置に、原告主張の大きさの土管があったことおよび本件排水場の東側と西側の部分を有刺鉄線で囲んでいたことは、いずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると次の各事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

(一)  本件板塀の横板と横板との間隔は、本件事故当時、約二〇センチメートルであった。

(二)  本件板塀のうち、裏門から西側の部分は、本件事故当時、支柱がしっかり固定しておらず、前後にぐらつき、小学生が、その上に乗って本件排水場の中に入ることができる状態であった。

(三)  被告は、門柱と扉とを針金で縛って裏門を閉めていた(以上の事実は、当事者間に争いがない。)が、その針金は、八才位の男子でも素手で外しうる程度のものであった。

(四)  本件排水場の東南隅部分には、一五ないし二〇センチメートルの間隙があった。

(五)  本件事故前にも、しばしば、子供が裏門の前記針金を外し、板塀を乗り越え、または東南隅の間隙をくぐり抜けて、本件排水場内に入って遊んでいることがあった。

5  本件事故後、被告が、本件排水溝の開口部分をコンクリート板二枚、鉄板および木の板によって完全に覆ったこと、本件板塀の上部に有刺鉄線を張ったこと、土管の上部の板塀の高さを約六〇センチメートル増したこと、裏門に錠を取り付けたことはいずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、被告は、本件事故後、裏門から西側の板塀について、支柱を数本増して合計七本にして右板塀のぐらつきを少くし、横板と横板との間に有刺鉄線を張り、東南隅の間隙を塞いだことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

6  以上1ないし5判示の事実を総合すると、本件排水場は、付近に居住する子供らの遊び場の一つとなっていた江戸川土手に隣接して存在し、子供らは、本件排水場の北側に接する道路を通って自宅と江戸川土手との間を往復していたのであり、また、本件排水場の設備自体も年少の子にとってはその出入りが興味の対象となりやすく、現にしばしば子供らが出入りするような存在であったのであるから、深さが三メートルあり、水深が一・九メートルにも及ぶことがある排水溝が存する本件排水場をかかる場所に設置し、管理する被告としては、子供らが構内に入り、開口部分から排水溝に転落する事故の生ずることも予想される以上、かかる事故を防止するために、子供らが容易に本件排水場内に立ち入ることができないように塀等を完備するか、本件排水溝の開口部分に蓋をする等の措置を講ずる必要があったものというべきである。しかるに、子供らが比較的容易に本件排水場に立ち入ることができる程度の囲いを設置したのみで、本件排水溝の中央部分に幅約一・八メートル、長さ約三・二メートルにもわたる開口部分を残していたのであるから、被告の本件排水場の管理には瑕疵があったものと解するのが相当である。

そして、≪証拠省略≫によると、毅は本件板塀の裏門の脇の横板と横板との間から本件排水場内に立ち入ったものと認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はないところ、毅が本件排水溝に転落するに至った経緯は、本件全証拠によるもこれを明らかにしえないが、本件事故後、被告によってなされた本件排水溝の開口部分の蓋掛、本件板塀の完備等の措置が予め本件事故前にとられていたならば、本件事故は発生しなかったことが明らかであるから、結局、本件事故は、被告の右管理の瑕疵に基づいて発生したものと言わざるをえない。

よって、被告は原告らに対し、国家賠償法二条により、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

三  原告らの損害

1  逸失利益について

毅が、本件事故当時満六才の健康な男子であったこと、昭和四七年簡易生命表によれば、その余命は六五・七九年であること、本件事故に遭遇しなければ、満二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間は稼働可能であり、右期間を通じ、少くとも人事院給与局編「昭和四九年職種別民間給与実態調査の結果」による全産業男子労働者平均の現金給与額年額一一五万一四二四円に相当する収入を得ることができること、右収入を得るのに控除すべき生活費が右全期間を通じて五割であること、年間純益が五七万五七一二円であることは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、中間利息の控除につき、ホフマン式年別複式計算法を使用して、死亡時における逸失利益を算出すると、八八六万三七七七円(円未満切捨て)となる。

被告は、中間利息の控除につき、ライプニッツ式計算法によるべきであると主張するが、本件損害賠償認容額に対する遅延損害金が複利計算によるものでないこと、損害賠償金が複利により利殖されるとは限らないことおよび本件における年間収入額が、将来の昇給やいわゆるベースアップ等の要素を一切考慮せず一定の額を基礎としていることを考慮すれば、本件においては、中間利息を複利計算によって控除するライプニッツ式に比べて、年毎に単利計算によって控除するホフマン式の方がより合理的なものと解すべきであり、この点に関する被告の主張は採用しない。

そして、原告らが毅の両親であることは当事者間に争いがないから、同人の死亡により、原告らはそれぞれ、右八八六万三七七七円の二分の一にあたる四四三万一八八八円(円未満切捨て)の逸失利益の賠償請求権を相続したことになる。

2  慰藉料について

長男毅を本件事故により失った原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては、前掲各証拠および原告ら各本人尋問の結果により認められる被告の本件排水場に対する管理の瑕疵の態様、本件事故発生後、本件提訴に至るまでの原告らと被告との交渉の経緯その他諸般の事情を考慮すると、原告らにつきそれぞれ、三〇〇万円と認めるのが相当である。

四  過失相殺について

1  毅が、本件事故当時満六才で、小学校に入学する直前であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、毅は、二年保育の幼稚園を既に卒業していたこと、本件事故当日は本件排水場から約三〇〇メートル離れた同人の祖父宅を訪れていたこと、昭和四一年三月一八日に出生してから同四五年五月まで、右祖父宅で成長したので、本件排水場付近の様子および本件排水場内に開口部分のある本件排水溝が存することを知っていたことがいずれも認められ、右認定に反する証拠はない。

右判示の各事実によれば、毅は、板塀で区画してある本件排水場に無断で立ち入ってはならないことおよび本件排水溝の開口部付近に近づけば、転落する危険があることを認識し、かつ、これに従って行動する能力を備えていたものと認めるのが相当であるから、前述のとおり本件板塀の裏門脇の横板と横板との間から本件排水場内に立ち入った同人には、本件事故発生につき過失があったものと言わざるをえず、右過失は本件損害賠償額の算定にあたり、斟酌されるべきである。

なお、原告らは、本件において被告が過失相殺の主張をすることは許されない旨主張するが、被告が地方公共団体であり、被告に本件排水場の管理について前判示のような瑕疵があるからといって、損害の公平負担の原理である過失相殺の主張をすることが許されないと解すべき合理的根拠は見出し難いので、原告らの右主張は採用しない。

2  ≪証拠省略≫によると、原告らは、毅に対し、平常から公共溝渠等には近づかないよう一般的注意を与えていたこと、本件事故当日、毅が戸外に遊びに出る際、原告豊子が同人に対し、車両等に対する注意を与え、その後、同原告は、四〇分ないし一時間に一度前記祖父宅に戻ってくる毅を確認し、事故の報告を受ける約一時間前にも、同人が右祖父宅のすぐ近くで遊んでいるのを確認したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

前記1および右判示の諸事情の下では、原告らが、毅の行動を本件事故前約一時間把握していなかったからといって、原告らが毅を放置していたものとは言えず、本件事故の発生について、原告らが毅に対する、両親としての監督義務を怠ったものと認めることはできない。

3  よって、原告らの損害は前記三のとおり、それぞれ七四三万一八八八円となるところ、毅の過失を二割斟酌し、原告らはそれぞれ被告に対し、右損害額の八割にあたる五九四万五五一〇円(円未満切捨て)を請求しうるにとどまると解するのが相当である。

五  以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ五九四万五五一一〇円とこれに対する本件事故発生の日である昭和四七年三月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 福富昌昭 田中豊)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例